はじめに
最近、宝塚歌劇団の劇団員の女性が亡くなった事件について、テレビのニュースや新聞で報道されているのをご存知でしょうか?
事件の詳細はそれらの報道に譲りますが、原因として宝塚歌劇団に組織的な問題があったのではないかとの疑いが生じています。そのため、歌劇団側が外部の専門家から構成される第三者委員会を設置し、聞き取り調査を実施するなどして、真相究明を行っているようです。
もっとも、この調査に関して、宝塚歌劇団が依頼した外部弁護士からなる調査チームの選定が不適切だったのではないかとして、更なる問題が浮上しています。
そこで、本記事では、この外部弁護士の調査チームについての問題を、法曹倫理/弁護士倫理の観点から紹介したいと思います。今回の事件で一体何が問題だったのかを知りたい方や、弁護士として何に気をつけるべきだったのかに興味がある方々は、ぜひこの記事を読んでいただけると幸いです。
同事件については、様々な点について批判等がされているようですが、以下では「法曹倫理」「弁護士倫理」の観点から問題になっている点に絞って取り上げていきます。
利益相反とは?
まず、弁護士には、一般的に利益相反規制があります。例えば弁護士法25条や30条の18は弁護士が利益相反規制に違反して職務を行うことを禁止し、これに対する違反は懲戒事由となります。
ここで、上記の弁護士法の規定を受けて制定された日弁連の会規である弁護士職務基本規定の条文を見てみましょう。
(職務を行い得ない事件)
第二十七条 弁護士は、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。(但書略)
一 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件 (以下略)
具体的な利益相反規制の中身は、いくつかの種類がありますが、例えば最も典型的なのは、原告と被告の両方の代理人を一人の弁護士が務めるような場合です。
こうした場合、複数の依頼者の利益が対立・相反し、当該事件について、弁護士としての公正・公平な職務の遂行が適切になされないおそれがあります。また、ひいては弁護士という職業に対する信頼そのものが損なわれるおそれもあるでしょう。そのため、原則として利益相反の禁止が定められているのです。
弁護士法人の場合
利益相反規制の内容
次に、弁護士法人における利益相反規制についての条文を取り上げます。
以下は弁護士法人についての規制ですが、共同事務所の所属弁護士と他の所属弁護士についても基本的には類似の規定が存在しています。
(他の社員等との関係で職務を行い得ない事件)
第六十四条 社員等は、他の社員等が第二十七条、第二十八条又は前条第一号若しくは第二号のいずれかの規定により職務を行い得ない事件については、職務を行ってはならない。ただし、職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない。
条文中の「第二十七条、第二十八条」は前項で見た条文とその続きであり、弁護士個人の利益相反禁止を規定しています。「前条第一号若しくは第二号」は第六十三条のことであり、主に弁護士法人とその弁護士法人で働いている弁護士の間での利益相反禁止を規定しています。
つまり、上記の六十四条は、同一の弁護士法人で働いている弁護士(=「社員等」)が、同一の弁護士法人内の同僚の弁護士(=「他の社員等」)との関係で利益相反にあたる職務を行ってはいけないことを定めています。
これにより、前項で見たような弁護士個人の利益相反禁止がその弁護士と同じ弁護士法人で働いている他の弁護士にも拡張されることになるのです。
職務の公正を保ち得る事由
もっとも、実際には、一つの弁護士法人に所属する弁護士の数は膨大であり、そのすべての弁護士が利益相反にあたる職務を行えないことになると、依頼者側にとっても、弁護士側にとっても、不自由が大きく、不都合となる可能性があります。
そこで、同条は但書において、「職務の公正を保ち得る事由」がある場合には例外として利益相反にあたる職務の遂行を許しています。
弁護士個人の利益相反と異なり、同一の弁護士法人内の弁護士同士の利益相反の場合には、担当する弁護士は別々なので、きちんと対策をしていれば職務を行えることとして、バランスをとっているのです。
このような事由として、よく挙げられるのが、「情報遮断措置」です。
具体的には、書類やメールなどの記録の管理や執務室や会議室などの棲み分けによって物理的な対策をとったり、部門やセクションの区分や弁護士同士のやり取りの禁止によって人的な対策をとったりすることで、お互いの情報を遮断して、利益相反の弊害が生じないようにすることが考えられます。
もっとも、情報遮断措置さえ講じられていれば十分なわけではなく、根本的には、依頼者の利益を確保して、弁護士の信頼を維持できるようにすることが重要です。そのため、依頼者に対する説明の徹底や依頼者の同意を得ることなども大切でしょう。
宝塚歌劇団いじめ・パワハラ事件における問題点
では、今回はどのような点が問題となっているのでしょうか。
報道によると、宝塚歌劇団は外部弁護士に調査を依頼し、その外部弁護士たちは、関西で大手法律事務所として有名な大江橋法律事務所で働いている方々でした。しかし、その後、同事務所のカウンセルである石原真弓弁護士が、宝塚歌劇団事業を有する阪急阪神HDの関連会社(エイチ・ツー・オーリテイリング)の社外取締役を務めていることが発覚しました。
宝塚歌劇団側は、同事務所では、十分な情報遮断措置が講じられていたと主張しているようです。
このように見てくると、今回は、厳密には利益相反の問題ではないとも考えられます。
調査の依頼者はあくまで宝塚歌劇団であり、その持ち主たる阪急阪神HDも、その関連会社も、相手方ではなく依頼者側ですから、そうした会社と関係のある弁護士が大江橋法律事務所にいることは問題がないとも思えます。
しかし、今回は、宝塚歌劇団内で起きた事件について、その調査のための「第三者委員会」という形で報告書を作成するために外部弁護士に依頼していました。これは、日弁連も『企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン』を策定し、その基本原則第2において、第三者委員会の独立性を要求しています。
そうすると、本件では、形式的には宝塚歌劇団が依頼者ではあるものの、被害者や社会のために調査を行っていることからすると、真の依頼者はそうした方々であり、むしろ宝塚歌劇団は調査対象たる相手方と見ることもできます。
それゆえに、宝塚歌劇団から独立した弁護士が調査を担うべきだったことになり、その意味では利益相反に似た状況にあったと言えるでしょう。
また、何より問題だったのは、企業不祥事によって世間からの風当たりも強い状況で、公正が疑われるようなことがあってはいけないにも関わらず、調査を担当した弁護士やその事務所について、詳しい説明があらかじめされていなかったことにあるでしょう。
本件では、実際には情報遮断措置等によって偏りのない調査が行われていたかもしれません。しかし、先に述べた通り、弁護士としては、情報遮断措置のみではなく、きちんと依頼者に対して説明責任を果たして、利益相反等によって弁護士の公正・公平が疑われる可能性を解消し、リスクを未然に防止する必要があったと考えられるでしょう。
まとめ
以上、宝塚歌劇団の事件に関して、外部弁護士による調査チームにまつわる放送倫理上の問題点ついてご紹介してきました。不祥事の際には、弁護士の方々や企業法務に従事される方々は、あらゆる可能性に配慮して、問題を未然に防ぐことが大切だと考えられます。
とりわけ、大規模な事務所であればあるほど、弁護士の数も多く、利益相反の問題が生じる可能性も高いので、日頃からよく注意しておく必要があるかもしれません。