法科大学院の模擬裁判科目は、実践的な法律知識と技術を提供し、将来の法曹を育成するための重要な役割を果たします。この記事では、法科大学院と模擬裁判の詳細を解説し、その魅力と学習方法を紹介します。
法科大学院への進学を考えている方や、法学部との違いに興味のある方にとって、必見の内容です。
法科大学院(ロースクール)の定義とは?
そもそも法科大学院(ロースクール)の正式な定義とはどういったものなのでしょうか?
文部科学省では以下のように定義づけられています。
法科大学院とは、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とする専門職学位課程のうち専ら法曹養成のための教育を行うことを目的とするものを置く専門職大学院(専門職大学院設置基準第18条第1項)であって、法曹に必要な学識及び能力を培うことを目的とするもの(法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律第2条第1号)です。
文部科学省ホームページより
要するに、法科大学院は「専門職大学院」であり「法曹に必要な学識及び能力を培う」ところです。また、法科大学院は、通常2〜3年間の課程を修了することで、「法務博士」という学位が授与されます。
もっとも、法科大学院生にとって一番重要なのは、「司法試験受験資格」を得ることでしょう。すなわち、(難関とされる予備試験ルートから受験される方以外は)司法試験を受けるには、法科大学院在学生又は修了生としての受験資格を得る必要があります。
法科大学院の意義
しかし、実は、法科大学院は、司法試験の受験資格を得るためだけにあるわけではありません。
元々、旧司法試験の時代には、一発試験に合格さえすれば、法科大学院に行かずして法曹になることができましたが、司法研修所には2年間(その後、1年6ヶ月、1年4ヶ月と短縮)通う必要がありました。
なぜなら、当時は「前期修習」という実務科目の座学の講義が、修習に入った最初の時期に司法研修所で実施されていたからです。 これに対して、新司法試験制度(2006年、平成18年〜)に移行してからは、原則として法科大学院を修了していることが司法試験受験の条件となった代わりに、司法研修所に通う期間は1年間に短縮されました。
つまり、現在の法科大学院には
- 司法試験の受験資格を獲得する
- 前期修習を行う
という2つの意義があるのです。
そこで、本記事では、このような法科大学院の2つ目の側面に着目して、その特徴が明確に表れている「模擬裁判」という科目を紹介したいと思います。法科大学院への進学を検討されている方々や、通常の法学部と法科大学院ではどう違うのかに興味がある方々は、ぜひこの記事を読んでいただけると幸いです。
模擬裁判とは?
多くの法科大学院では、最終学年である3年次に、「模擬裁判」という科目があります。
更に、その中にも「民事模擬裁判」と「刑事模擬裁判」があり、それぞれ民事訴訟と刑事訴訟を学生が自ら実演することが主たる目的となっています。なお、法科大学院によっては、「民事(刑事)実務基礎」や「民事(刑事)裁判演習」といった名称で開講されている場合もありますが、基本的な内容は共通です。
以下では、それぞれの特徴や実際の内容を具体的なイメージがつかめるように紹介していきたいと思います。
担当教員
まず、担当教員としては、実務家教員が担当してくれるのが特徴的です。民事であれば、民事弁護の先生や民事裁判官である派遣教員の先生、刑事であれば、刑事弁護の先生や刑事裁判官又は検察官である派遣教員の先生が担当してくれるため、現役バリバリの実務家の方々から実践的なアドバイスをいただくことができます。
このような先生方のバックグラウンドの多様性もあって、同じ法律家であっても立場によって考え方が異なるということを、アドバイスなどを通じて経験することもできます。
使用教材
次に、教材としては、民事・刑事ともに、司法研修所が作成した模擬記録を利用して行います。これは実際の事件に限りなく近い教材であり、民事であれば、契約書や納品書、銀行口座の入出金履歴、SNSのやりとりなどの証拠書類を含み、原告・被告双方の言い分もリアルな事件のように複雑であり、食い違いも多く、決して論文式試験の問題のようには整理されていません。
同様に、刑事であれば、被害届や戸籍謄本、警察官の捜査報告書、警察官・検察官の取調べによる供述調書、実況見分調書などの証拠書類とともに、場合によっては凶器やメモ帳などの証拠物も使用することがあります。
また、特徴的なのは、配布される教材がそれぞれの役割や時間的な段階によって異なることです。現実の裁判に近づけるため、当事者は当初から各自で証拠を有しているのに対し、裁判官は当事者が提出したものしか目にすることがないので、裁判が進むにつれて証拠や主張なども増えていくことになります。
模擬裁判について
実施方法①:手続の実演
模擬裁判の核心は、何よりも実演です。
1、2年次で実体法及び手続法の両方の知識を一通り獲得していることを前提に、当事者からの法律相談や訴訟の現場である法廷で法的知識を応用するという、法律実務家にとってまさしく必要不可欠な能力を身につけることができます。
そのため、講義科目のように一方向的な授業を行うのではなく、学生が主体的に訴訟活動を行うことが中心的です。具体的には、学生の希望等に応じて以下のような配役ごとのグループに分かれて、各自がその役割に徹底した準備や実演を行います。
また、リアリティを出すために、当事者本人役や証人役、被告人役などもあり、これらの配役の人も立場に応じていずれかの代理人と協働して裁判に参加します。
民事 | ①原告代理人 | ②被告代理人 | ③裁判官 | ④その他(原告、被告、証人など) |
刑事 | ①検察官 | ②弁護人 | ③裁判官 | ④その他(被告人、証人など) |
民事模擬裁判 | 刑事模擬裁判 | |
---|---|---|
① | 当事者からの法律相談 | 公判前整理手続期日(争点整理、証拠決定) |
② | 口頭弁論期日(訴状・答弁書の陳述、釈明) | 公判手続期日(証拠書類・証拠物の証拠調べ) |
③ | 弁論準備期日(争点整理、証拠決定) | 公判手続期日(被害者の証人尋問) |
④ | 口頭弁論期日(人証尋問) | 公判手続期日(共犯者の証人尋問) |
⑤ | 和解期日 | 公判手続期日(被告人質問) |
⑥ | 判決言渡期日 | 判決言渡期日 |
以上のようなスケジュールで、法廷教室(実際の法廷と同一の構造の教室。傍聴席まであり、その日の担当者以外は傍聴席にいます。)を使用して手続の実演を行います。
その際には、宣誓や証拠調べなどの法定された手続の実演のみならず、釈明や異議申立の裁定などの裁判中に起きる事柄への臨機応変な対応も、裁判官役の学生が主導するので、全体を通して学生の判断のみで授業が進められていき、この点でやはり通常の講義科目とは大きく異なります。
実施方法②:訴訟活動の再現
しかしながら、模擬裁判は単なる裁判のマネごとではありません。
上記(3)で見た手続の実演を通して訴訟法上の知識やノウハウを応用的に身につけるのみならず、実際の法律家のように、その役割に徹してあらゆる訴訟活動を自ら行います。
そのため、授業のスケジュールと同時並行して、授業外で様々な準備や会議を行います。
例えば、民事模擬裁判の原告代理人役であれば、当事者から聞き取った事件の概要を元に、起訴状を作成します。その際には、民法などの実体法の知識が必要となるのはもちろんですが、そのほかにも、現実の裁判のように、当事者の意向や予測される被告側からの反論、請求の実現可能性など、実務的な要素も考慮しながら書面作成等の準備作業を進めていきます。
また、刑事模擬裁判の検察官役であれば、教材として配布された多数の証拠の中から必要十分なものを取捨選択して証拠請求したり、証人尋問に備えて尋問事項をあらかじめ用意したり、被告人に対する適正な処罰を求めるために訴訟内外で活動していくことになります。
「模擬裁判」の魅力
これまで見たところから模擬裁判の魅力をまとめると、以下のようになります。
- 訴訟手続の実演を通じて手続法の知識を深めることができる
- 役割に応じて訴訟内外でのあらゆる活動を行うことで実体法の知識も身につけることができる
- 訴訟実務の慣例・ノウハウの一端に触れることができる
さらに、通常の司法試験科目の勉強がどうしても己との戦いになってしまいがちなのに対し、役割ごとのグループのメンバーと協力して訴訟に取り組むことで、
- 法科大学院の同級生である仲間との絆を深めることもできる
かもしれません。
ただし、逆に言うと、このような模擬裁判の魅力を十分に感じるには、自らが積極的に取り組むことが必要になります。きちんと準備しなかったり、グループの他の人に任せっきりにしていたりすると、以上のような魅力はあまり感じられないことに、注意しておくとよいかもしれません。
まとめ
以上、法科大学院科目「模擬裁判」についてご紹介してきました。模擬裁判に興味を持った人は、法科大学院に進学してみてはいかがでしょうか。